え、なになに?
この人だれ?
穏やかな陽射しいっぱい溢れる2階のダイニングルームが一瞬ざわついた。
隣のリビングルームでうたた寝をしそうになっていたソファも
眠そうな目でこちらを覗き込んでいる。
今日はまた見慣れないお客さんをお父さんがにこにこしながら家に招き入れている。
どうやら僕たちチェア兄弟の話をしてるようだ。
双子のお兄ちゃんを筆頭に、6人兄弟のダイニングチェアの末っ子の僕。
上の双子のお兄ちゃんたちは、僕たち弟4人と違ってカッコいい肘掛けがついている。
僕たち兄弟の中では憧れの存在なんだ。
この家の次男が海外に行ってた時
「デンマークのお友達の家で僕たちとそっくりのチェアを見つけた!」
と、お父さんに写真を送ってきたことがあった。
僕たちを生み出したのはデンマークモダンデザインの父ともいわれるコーア・クリントという超有名人!
故郷デンマークにも仲間や親せきがたくさんいる。
そんな写真を送ってくるなんて、珍しい。
まず第一に家の中のことに興味なんてあるの?
意外だった。僕たちチェアに興味があるなんて。
全くそんな風にみえなかったのに。
気にかけてくれてたんだ!
そう思うと急に彼のことが好きになった。
なんだよ、結構いいやつじゃん。
うわぁぁ。目が回るよう!
突然、僕はいきなり持ち上げられて逆さまにひっくり返された。
ぐるぐるひっくり返えしては
「あー」とか「はぁー」とか
言っているのはそのお客さんだった。
あまりの急な回転にふらふらして頭がぼーとなりかけた時、動きがピタッと止まり
手慣れた様子で僕は床に降ろされた。
後でわかったんだけど、その人は僕たちのお医者さんみたいな人だったんだ。
通りで扱いが上手いわけだね。
振り回されてても、持つ手になんか安定感があったもん。
これならすぐに修理できますよ。
どうやら僕たちには新しく衣替えしてもらえるらしいんだ。
やった!やった!やった!
数週間後、僕たちは少しの間そのおじさんの家に兄弟みんなでお泊りに行くことになった。
遠足に行く気分でウキウキする。
だって兄弟みんなでお出かけなんて滅多にないからね!
久しぶりの外出で朝からワイワイと騒々しい6兄弟を、片時も離れることのなかったダイニングテーブルが少し寂しそうに見送っている。
「そんなに心配しなくてもすぐ帰ってくるよ。」
僕は気休めにテーブルを慰めた。
近くでソファの姉さんが「やれやれこれだから子どもはねぇ〜」と呆れている。
何度もこの家の家族と引越しを経験しているソファは、いろんな家で暮らしたことを思い出していた。
「1週間で帰ってくるんでしょう?騒ぎすぎなのよ、全く」
チェアたちが衣替えをしてもらえると聞き、見た目が大事とかっこばかりを気にしているテレビボードとキャビネットは穏やかではなかった。
「オレたちも行きたいよなぁ、スチール!」
「はい、先輩!チェアたちだけとかズルいっす!」
テレビボードは自慢の長く編んだ髪のようなコードが
最近少しもつれてきているのが気になっていた。
そんなテレビボードに憧れるスチールキャビネットは、時々遊びにくる子どもたちのマグネット遊びと手垢で、荒れ気味のお肌を手入れしたくてたまらなかった。
しばらくの間ダイニングテーブルの足元はスースーと風通しが良く、落ち着かない。
「なんか寒いなあ~」
一週間もしないうちにチェアたちが戻ってきた。
「うっわ!なにそれ?かっこいいな!うらやましいよー。」
1番先に反応したのはスチールキャビネットだった。
よれよれしていた髪がピシッとみごとに分けられ、ペーパーコードというひものようなものが全てピンと美しく張られている。
お泊りに積極的ではなかったお母さんまで、手をたたいて喜んでいる。
チェアたちは誇らしげにダイニングテーブルの足元に収まり、自分たちのポジションを固めた。
ダイニングテーブルも自分まできれいになったようで嬉しくてたまらない。
こうして僕たちチェアのプチお泊り会は終了した。
数日後、ダイニングルームはいつになく大騒ぎになっていた。
小さなこどもたちがキャーキャーとはしゃぎながらダイニングテーブルのまわりを走り回っている。
チェア兄弟たちにもドスンドスンとぶつかってくるので、「おっとっと」
倒れないようにバランスをとるのが大変だった。
子どもたちの声よりチェアの大きな泣き声が響き渡ったのはまもなくしてからだった。
「うわあああああ~」
見るとピシッと張ってもらった真新しいペーパーコードの間に真っ赤なイチゴがつぶれて
べっとり張り付いている。
ソファやキャビネットは笑いをこらえるのに必死だ。
ニヤニヤとテレビボードが気の毒にね、といった視線を投げた。
お母さんが必死で潰れたいちごを拭き取っている。
あたりにはいちごのいい香りが。
「春ねぇ〜」
甘〜い匂いにうっとりとしていたのもつかの間
ソファの自慢の真っ白なドレスを真っ赤な可愛い小さな手がぎゅっと掴んだ。